埼玉校では、すでに出願を終えられたご家庭も多いのではないでしょうか。
そして、これから続く神奈川校、東京校の願書作成に、今まさに取り組まれているご家庭も多いことと思います。
毎年この時期になると、願書についてのご相談が一気に増えてまいります。
「何を書けばよいのか分からない」
「学校に響く文章にしたい」
「我が家らしさを出したい」
そんなご相談を多くいただきますが、近年、願書を取り巻く環境にも少しずつ変化が見られるようになりました。
願書にも「AI対策」の時代へ
生成AIが身近なものとなり、現在では小学校受験の願書作成にAIを活用することも珍しくなくなってきました。
実際に、小学校受験の願書をAIで添削・作成するサービスも登場しており、文章の構成や表現を整えること自体は、以前よりもずっと簡単になっています。
一方で、学校側からすると、
「この文章は本当にご家庭自身が考えたものなのか」
「この家庭ならではの考えや価値観が、きちんと表れているのか」
という点を、これまで以上に見極める必要が出てきたのではないでしょうか。
そのため最近では、志望動機の記入量を少なくする代わりに、面接の時間を増やし、ご家庭の教育方針や親子の関わり方、ご家族の雰囲気を直接見ようとする学校も見受けられます。
つまり、これからの小学校受験では、「文章をきれいに書くこと」だけでは、ご家庭の本当の姿は伝わりにくくなっているのだと思います。
「上手な文章」よりも「そのご家庭にしかない言葉」
AIを使えば、文章はとてもきれいに整います。
例えば、
「子どもの自主性を尊重し、主体的に行動できる人に育ってほしい」
という文章は、非常に自然で整った文章です。
けれども、これは多くのご家庭が書くことのできる言葉でもあります。
では、
「なぜ自主性を大切にするようになったのか」
「実際に家庭ではどのような声掛けをしているのか」
「お子さまがどのような場面で自ら考えて行動したのか」
と聞かれたとき、そこには一つひとつのご家庭にしかない経験があります。
私は、これからの願書で大切になるのは、まさにそこだと思っています。
きれいな文章ではなく、そのご家庭だからこそ語れる経験。
誰にでも当てはまる教育方針ではなく、日々の生活の中から生まれた家庭の価値観。
そこに、そのご家庭らしさが表れるのです。
慶應横浜初等部にも見られる「自分自身で考える」形式
その一例として、今年度の慶應義塾横浜初等部の願書にも、非常に興味深い変化が見られます。
今年度は、福澤諭吉の「福翁自伝」を読み、その中から共感した箇所を挙げ、その理由を記すという、受験者自身の考えを問う内容が取り入れられています。
さらに、AIや第三者に頼らず、自分自身で考えて記載する旨も明記されています。
ここは非常に大きなポイントだと思います。
「どの部分に共感したのか」
「なぜそこに共感したのか」
という、自分自身の考えを言葉にすることが求められています。
これは、AIによって「それらしい文章」を作ることが容易になった今だからこそ、より意味を持つ問いなのではないでしょうか。
AIでは作れない「なぜ?」
願書を書くときに、ぜひ大切にしていただきたい言葉があります。
それは、「なぜ?」です。
「思いやりを大切にしています」
ではなく、
「なぜ思いやりを大切にするようになったのか」
「自主性を尊重しています」
ではなく、
「なぜ我が家では自主性を大切にしているのか」
「失敗を恐れず挑戦してほしい」
ではなく、
「そう考えるようになったきっかけは何だったのか」
ここまで掘り下げていくと、少しずつそのご家庭にしかない言葉が見えてきます。
そして、その「なぜ?」の先には、必ずと言ってよいほど、実際のお子さまとの生活やご家庭での出来事があります。
だからこそ私は、願書を書く際には、いきなり文章を書き始めるのではなく、まずご家族でたくさん話をしていただきたいと思っています。
願書は「作文」ではありません
願書というと、どうしても「学校に提出する作文」という感覚になってしまいがちです。
しかし、本来はそうではないと思っています。
願書は、そのご家庭がどのような考えを持ち、どのようにお子さまと向き合ってきたのかを、学校に知っていただくためのものです。
ですから、
「こんなことを書いたら評価されるかな」
「この学校はこういう家庭を好むのではないか」
と考えすぎるよりも、
「我が家では何を大切にしてきたのか」
「娘・息子のどんなところを大切に育ててきたのか」
「この学校で、どのように成長してほしいと思っているのか」
を一度丁寧に振り返ってみることをおすすめします。
学校に合わせて家庭を作るのではなく、まずご家庭の軸を明確にし、その上で学校との接点を探していく。
この順番がとても大切です。
「第三者に頼らない」と言われる時代だからこそ
AIや第三者の力を借りることそのものを、単純に良い・悪いと考える必要はないと思います。
文章の誤字脱字を確認したり、伝わりにくい部分を整理したり、客観的な視点から文章を見直したりすることには意味があります。
ただし、「何を書くか」まで誰かに決めてもらってしまうと、その瞬間に願書からご家庭の温度が失われてしまいます。
学校が知りたいのは、完璧な文章を書くことができるご家庭ではありません。
そのご家庭が、
何を大切にし、
どのように子どもと向き合い、
どのような経験を重ね、
これからどのように子どもを育てていきたいと考えているのか。
そこにあるのだと思います。
これからの願書で大切にしたいこと
これから神奈川校、東京校と願書作成が続いていきます。
願書を書く際には、ぜひ一度ペンを置いて、ご家族でこれまでの日々を振り返ってみてください。
「我が家では、何を大切にしてきただろう?」
「子どもとの生活の中で、心に残っている出来事は何だろう?」
「その出来事から、私たちは何を感じ、何を伝えてきただろう?」
そうして見つけた言葉は、どれだけAIが進化しても、AIには作ることのできないものです。
願書で一番大切なのは、上手な文章を書くことではありません。
そのご家庭にしか書けないことを、そのご家庭自身の言葉で伝えること。
これからの小学校受験では、ますますその重要性が高まっていくのではないでしょうか。
願書作成に追われる時期だからこそ、焦って「良い文章」を作るのではなく、まずはご家族で「我が家らしさ」を見つめ直してみてください。
その中に、きっとその学校に伝えたい、大切な一文が見つかるはずです。



